◆伊万里に見る不思議  第六回  

遠藤周作原作の映画「沈黙」を最近観ました。

後世に残すべき名作映画かと思いますが、弾圧された切支丹や宣教師の姿はあまりにも悲惨で辛くなりました。
 

菊柄文古伊万里皿の最後に気になった個所について考察します。

先ずその前に某所に残っていた、伝切支丹観音について見ていきましょう。


切支丹九面観音①

時代は不明ですが、おそらく江戸~明治期のものと思われる観音菩薩像です。一見十一面観音のようですが化仏の数を数えると九面しかありません。そしてなにより十一面観音には絶対にない花が頭上にあります。


切支丹九面観音②

この像が伝わった方にお聞きしたところ、この花はパライソ、ポルトガル語で天国を表すそうです。

因みに花の下にぶら下がっている巾着みたいなものは心臓です。

現代では好意や愛情を表現するのに💛マークを用いますが、キリスト教での心臓は神の無限の愛(アガペー)なのです。

💛マークの意味を辿るとどうもこれに行く着くようです。

この観音像が切支丹観音であるなら、九面にも何か意味があると思えますが現状では不明です。

切支丹伊万里菊皿②

菊文古伊万里皿に話を戻します。

私が着目したのは一番上に描かれた横向きの花です。

切支丹伊万里菊皿④

日本の美術品の意匠には菊はよく見られますが、なかなか真横から描かれた礼は記憶にありません。

そして上の画像ですが、よく見ると花を支える茎が無いのです。

この花だけ宙に浮いているのです。

私はこの花が実はパライソを表現しているのでは?と思いました。

横向で描かれた菊は、大変手抜きと言うか、見ようによっては菊以外の花にも見えます。

例えば薔薇にはキリスト教では殉教や聖母マリアを表すそうです。敢えて何か分からない花を描くことで、見た人にそれが何かを想像させるという意味もあるのかもしれません。


何の気なしにこのブログで紹介しようとした古伊万里皿。

一つの気になったこと、「丸い玉」について考察してきましたが、まさかまさかの展開になり大変驚きました。

これを機に改めて切支丹関係の本を読んだり、映像に目を通しましたが、本当に辛く悲惨なのが潜伏切支丹の歴史です。

最近では長崎の潜伏切支丹の遺物が世界遺産に登録されましたが、今回の考察を経て本当に良かったなと、後世に残さねばならない、二度とあってはならない歴史だなと深く感じた次第です。


当店には古田織部所縁の茶室、瑠須庵を復元したものがございますが、こちらは切支丹茶室になっています。マリア観音も残っていますが今後は見る目が変わりそうです。

最後までお読み頂きありがとうございました。


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◆伊万里に見る不思議  第5回

菊の図柄の古伊万里皿。大きく画かれた菊の花は十字架を表現している・・・。
 
そう捉えた時、水の中の石が三つあるのは理解出来ました。


次に着目したのは「菊」です。

調べてみましたが、キリスト教と菊の花には大した関連性はありませんでした。

切支丹伊万里菊皿②

しかし、切支丹の方から調べてみたら、興味深い史実に行き着きました。

富山県富山市婦中町に残る史跡に「キリシタン キクの塚」というものがあったのです。

菊の塚
(画像はネットより)


幕末から明治にかけて大規模な切支丹弾圧事件がありました。「浦上四番崩れ」というものです。長崎から多くの切支丹が捕縛され拷問を受けました。
 

捕まった切支丹達は各地へ移送されました。その中に富山藩へと移送された切支丹の中に「キク」という身重の女性がいました。キクは4歳の子供がおり、その子供も一緒に捕まりました。首に鉄輪が嵌られていたそうです。
 
 
キクは獄中で毎日子供と祈りを捧げておりましたが、出産に当たり母子ともども亡くなりました。

その後、建てられたのが「キリシタン キクの塚」です。

明治六年、明治政府は切支丹黙認の方針をとり、切支丹禁制も撤廃され、捕まった信徒達は長崎へと帰りました。

この話に行き着いた時、この菊の図柄の古伊万里は、キクの供養のため、あるいは悲惨な歴史を忘れぬように関係者が作らせた古伊万里なのではと思えてきました。


この古伊万里の菊の花は、殉教したキクをイメージしているのでは・・・。

また宙を舞う二匹の蝶は、亡くなったキクと赤ちゃんを表しているようにも見えます。

切支丹伊万里菊皿⑤

蝶は再生、キリスト教的に言えば復活を意味しているのかもしれません。

切支丹伊万里菊皿⑥

長崎へと帰ることが出来た切支丹。

その後、キクのことを忘れぬよう、しかしそれと分からぬよう作らせたのが、この古伊万里の皿ではないのか。

キクの夫は重次郎といい、その子孫は現在にも繋がっています。今でも子孫は毎年墓参りに富山を訪れるそうです。

・・・とここまでが分かりました。


後は何か見落としていないかと観察しましたが、最後に一つ気になった個所がありました。皿の一番上にある横向きの菊の花です。

次回はこの横向きの菊の花について考察します。


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◆伊万里に見る不思議 第四回 

古伊万里の皿、御神酒徳利に見る謎の玉。

当初、これは何だろ?分からんなぁ・・・と思いましたが,、このブログの同テーマ3回目にて、一応の決着がついたかなと見ておりましたが、どうにも一つ不可解なことが残りました。


それは前回、謎の玉の4例目で紹介したこちらのお皿。菊の図柄です。

切支丹伊万里菊皿②


参考例で過去ブログに出した古伊万里皿は亀と恵比寿。

まずは恵比寿様の足元を見てみましょう。そこには水面下に石(玉)が一つあります。

恵比寿伊万里①

恵比寿伊万里部分

亀の方はと言えば・・・

亀の伊万里

やはり水面下に石一つです。

亀の伊万里部分

水面下の石は、異界からやってくる神(先祖神含む)の依り代だとすれば、菊の方はその依り代が3つあることになります。何故これだけ三つあるのでしょうか?

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ここまで丁寧に画くことの出来る人物による謎の石が3個。
 
もうこれは凡ミスではなく「3」でなければならない理屈があるのでは?と思えてきました。

この菊の皿だけ他の2枚とは、何か違うものがあるような気がしてきました。まだ何か隠されている・・・。

そう思った時、少し距離を置いて全体の様子を眺めてみました。

すると・・・
 
「あっ! もしかしてこれは十字架が隠れているのでは!?」

と気付きました。


この菊図から縦のラインと横のラインが見て取れたのです。


切支丹伊万里菊皿①

この古伊万里が作られていた幕末から明治頃は、まだ徳川政権による切支丹の弾圧がありました。

公に十字架は画けません。しかしこの図柄の菊からは切支丹であれば十字架を瞑想できるのではと思ったのです。


仮にこの菊図の古伊万里皿が切支丹の意匠が取り込まれたものであるならば、水面下の石が三つあるのも理解できます。

キリスト教には三位一体という考え方があります。

即ち、父(デウス)と子(キリスト)と精霊です。


切支丹の教え、考え方が含まれた絵皿であれば、この中の意匠には全て意味があると言う事です。


見方が変われば見える物も変わるのが世の常です。


更に調べてみて、まさかの結論が出てまいりましたが、それは次回にて考察致します。


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◆伊万里に見る不思議  第三回

過去に2回古伊万里に描かれた不思議な玉について考察しましたが、今回は3回目という事で一つ結論を出したいと思います。


総括に入る前に、もしかすると謎の玉の4例目かも?というのが見つかりましたのでまずはそちらをご紹介します。


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菊の花の古伊万里で、蝶が飛んでいます。この図柄自体も私は初めて見ました。墨はじきと呼ばれる技法を使ったお皿です。中央の菊がその技法を用いています。手の込んだ古伊万里です。


そしてこの菊の左下にまたしても謎の玉がありました。

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普通に考えれば、菊の図柄であれば、描かなくても成立するものです。玉らしきものが三つ確認出来ます。白い丸は水面を表しているのかもしれません。水面ということはこちらも水の中に石があるという事です。
 

第二回で、あの丸石は御神体が宿る依り代では?としました。丸い石には神が宿るのです。
 
 
そして神は異界からやってくると考えられていました。そうであれば水の中に丸石があるのは理解出来ます。水、つまり川や海、池は異界を表すのです。玉は異界である水中にあるということです。


丸石自体が御神体に成り得る。それが昔の人の発想でした。


このブログを上げる少し前、たまたま借りてきたDVDにも興味深いものが映っていました。それは現在名古屋のCBCラジオで活躍されている北野誠さんの「おまえら行くな」という心霊スポット巡りの番組です。


番組では四国の崇徳天皇を祀る神社へ取材をしていましたが、この神社の境内にある小さな祠に、かなりの数の丸石が納められていたのです。何でも川の石だそうです。


元々自然石の丸石は御神体に成り得ます。そしてこの丸石はやがて墓石の元祖になっていったのではと思えます。土葬の場合、目印的に丸石を置くことがあるようなのです。

今日の墓石は四角柱の立派な御影石ですが、そもそも何故墓は石なのか?という事です。
 

今日では樹木葬というのが人気だそうですが、本来石でなければならない理由があったのでは?と思えます。元々丸い石が依り代的な意味があるのであれば、墓が石でなければならないのも理解できます。それは丸石には先祖神が帰ってくると考えたのではないのでしょうか?


不思議な丸石が描かれた古伊万里の皿の内、恵比寿と亀はどちらも目出たい物なので、正月の飾り目的で使われていたと思います。床に鏡餅などの正月飾りと一緒にあったのではと思えます。丸石の描かれた古伊万里の皿は屋敷にやってくる福の神や先祖神の依り代であり、おめでたい柄はもてなす為に、喜んでもらう為のものなのです。
 
 
3枚目の皿の菊には蝶も見て取れます。蝶には再生という意味があります。今日の菊には仏花というイメージが強いですが、江戸期にはお祝いの行事に菊を用いることもあったので、やはりこの菊と蝶の皿も正月用だったのではと思います。再生=身体健全とか病気回復という意味もあったのでしょう。


最初に玉を見つけた時は悩みましたが、おそらくこのような意味があったのでは?と今ではそう思います。大変珍しい古伊万里皿のご紹介でした。




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◆伊万里に見る不思議  第二回

前回のブログで、古伊万里の絵皿に不思議な玉があったと紹介しました。

分からず終いで終わるのかと思いきや、本人もビックリの3例目が見つかったので検証したいと思います。まさかこの内容のテーマで続くとは思いませんでした。

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我が家では天神様(菅原道真公)をお祭りしております。学問の神様なので、当店のお客様でご存知の方は、お子さんやお孫さんが受験シーズンになると、皆さまでお参りにこられる人も少なくありません。
 
 
愛知県にも有名な天神社はありますが、そこを知っていても紅葉屋にお参りに来るので、

「良いのですか?うちで」

と尋ねると

「ここは姿を見て、間近でお参り出来るので効きそうな気がする」

と言う事です。

「合格できた!」

とお礼参りに来る方もいらっしゃいます。



さて、画像の古伊万里ですが、これは赤絵の御神酒徳利(おみきとっくり)と呼ばれているものです。天神様にお供えしております。その名の通り、人間が酒を飲むときに用いる徳利ではなく、神様にお供えする際の徳利です。
 
 

最近、この徳利の裏面にも、前回ブログにて紹介した「亀」と「恵比寿」の古伊万里皿にあった、「玉」のようなものがあると知りました。

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これがその徳利の裏面です。表面はというとこうなっています。

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幔幕に桜の画があります。

こういうものは何となく画かれたものではありません。


現代人にとっては「花と幕」位にしか思えないですが、この古伊万里が作られた江戸時代の人達は、この画を見れば直ぐにこの徳利が何かを理解出来たのです。


昔から日本人に馴染みのあった花と言えば、桜と梅です。

梅に関係する神様、梅と言えばこの神様を連想すると言えば、前述の天神様、菅原道真公です。


この徳利に画かれた花が梅であれば、天神様を表す、又は天神様に供えた徳利と言うことです。


しかし、桜であればそれは「八幡太郎義家」を指します。本名は源義家で子孫に源頼朝がいます。

八幡宮で元服をしたので八幡太郎義家と呼ばれたそうです。武勇誉れ高い神格化された武将でもあります。


この御神酒徳利が桜だとすると、八幡神に供えられた徳利の可能性もあります。


何れにせよ、神様に供える徳利が御神酒徳利ですから、幔幕に桜(梅)の画は八幡神(又は天神様)を表します。

そして真後ろに謎の石です。観察するにこれは玉と言うより石のようです。

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神社の御神体と言うのは、お寺の仏像と違い、まず一般人がその姿を見れることはありません。

神道の考え方では、神の姿を見てはならないと言われるからです。

しかし、神社によっては調査もあり、御神体の姿が確認出来ているものもあります。

古い歴史のある神社や、大きな神社には神像や剣や鏡が御神体になっています。

色々なパターンがある神社の御神体ですが、中には石そのものが御神体になっていることもあります。


例えば名古屋市名東区に、「猪子石」と呼ばれる不思議な塚(?)がありますが、雄石と雌石と呼ばれるものが存在します。

二つの石はそれぞれ離れた位置にあり、石はむき出しで屋根もない状態で祀られていました。

雄石は触ると罰が当たり、雌石は触ると子宝が授かると言われているものです。あの石は神が宿る御神体として地域の人に守られていました。


神道は自然そのものが、自然のあちこちに神が宿るとされてきました。山や海、川や湖、森や木、あらゆるものに神は宿るのです。

そして人によって建てられた神社の御神体は、この石そのものを祀ることもあるのです。


そう解釈した時、この御神酒徳利の石は、神が宿る御神体が依る「依り代」を表しているのだと思いました。

御神体ゆえにその上には幔幕があるのです。


今回はこの辺で終わりたいと思います。



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プロフィール

もみじ

Author:もみじ
名古屋市西区で着物屋を営んでいます。
主に着物(仕事)を通じた独り言です。

お着物のことなら何でもご相談下さいませ。

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