着物と桜

「日本の花と言えば?」と聞かれれば桜をイメージする人も多いのではないだろうか?

今回は桜について、もっと言えば日本における桜の文様について考えてみた。

古くから日本人に愛されてきた桜。歴史的に見れば奈良時代の万葉集の中に、既に桜の歌は詠まれている。しかし、この時代はまだ桜より梅が好まれていたようだ。前述の万葉集では桜より圧倒的に梅を詠んだものが多い。

これが平安時代の古今和歌集になると、梅と桜の立場は逆転し、圧倒的に桜を詠んだ歌が増え始める。

これは奈良時代に好まれた文化が中国の模倣であったものが、平安になり(遣唐使の廃止が契機)だんだんと自国で文化が育てられるようになったことが関係している。

古くから日本人に愛されてきた桜だが、桜の文様が着物に現れるのは桃山時代になってからだ。調べてみて知ったが意外に遅いと思った。これは桜のもつ雰囲気が、全体で掴まないと困難であったからだろう。

清少納言は枕草子で、「絵に描きおとりするもの なでしこ 菖蒲 桜 物語にめでたしといひたる男・女のかたち」と述べている。

ようするに絵に描くと実物より劣るのが、なでしこ 菖蒲 桜 物語では立派と言われる男や女の容貌という意味だ。

言われてみれば、桜の幹、枝、そして密集した美しい花を、前例を知らない状態で絵や文様で表現せよというのはカメラもない時代では難しいと思う。

桃山時代になり、染織物に現れた桜は、桜の木全体ではなく花弁の部分に着目し、花自体を俯瞰したかのような一つの図形としてアレンジし取り入れるようになった。

当時の能装束にそれは見受けられるが、自然の姿の桜ではないため、それほど季節感は感じられない。桃山時代の職人の自由さを感じる美しい文様だ。

能装束

 
これが江戸時代になり、だんだんと現代に近づくにつれ、着物に用いられる桜の柄は、より自然の姿に近いものとして描かれるようになった。
 
よく、桜の文様の着物はその時期しか着れないのでは?と聞かれることがあるが、これは半分正解、半分不正解だと思う。

描かれた桜がより写実的な場合は、季節を感じてしまうので春しか着れないと思うが、桃山時代のように桜の花弁に着目し、その他の文様としてアレンジしてあれば、もう季節感は関係なくなると思う。


もう少し分かり易く言えば、花弁だけなのか、あるいは花弁プラス枝や幹なのかで、季節感が出るかどうかが決まるということです。

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