◆伊万里に見る不思議  第5回

菊の図柄の古伊万里皿。大きく画かれた菊の花は十字架を表現している・・・。
 
そう捉えた時、水の中の石が三つあるのは理解出来ました。


次に着目したのは「菊」です。

調べてみましたが、キリスト教と菊の花には大した関連性はありませんでした。

切支丹伊万里菊皿②

しかし、切支丹の方から調べてみたら、興味深い史実に行き着きました。

富山県富山市婦中町に残る史跡に「キリシタン キクの塚」というものがあったのです。

菊の塚
(画像はネットより)


幕末から明治にかけて大規模な切支丹弾圧事件がありました。「浦上四番崩れ」というものです。長崎から多くの切支丹が捕縛され拷問を受けました。
 

捕まった切支丹達は各地へ移送されました。その中に富山藩へと移送された切支丹の中に「キク」という身重の女性がいました。キクは4歳の子供がおり、その子供も一緒に捕まりました。首に鉄輪が嵌られていたそうです。
 
 
キクは獄中で毎日子供と祈りを捧げておりましたが、出産に当たり母子ともども亡くなりました。

その後、建てられたのが「キリシタン キクの塚」です。

明治六年、明治政府は切支丹黙認の方針をとり、切支丹禁制も撤廃され、捕まった信徒達は長崎へと帰りました。

この話に行き着いた時、この菊の図柄の古伊万里は、キクの供養のため、あるいは悲惨な歴史を忘れぬように関係者が作らせた古伊万里なのではと思えてきました。


この古伊万里の菊の花は、殉教したキクをイメージしているのでは・・・。

また宙を舞う二匹の蝶は、亡くなったキクと赤ちゃんを表しているようにも見えます。

切支丹伊万里菊皿⑤

蝶は再生、キリスト教的に言えば復活を意味しているのかもしれません。

切支丹伊万里菊皿⑥

長崎へと帰ることが出来た切支丹。

その後、キクのことを忘れぬよう、しかしそれと分からぬよう作らせたのが、この古伊万里の皿ではないのか。

キクの夫は重次郎といい、その子孫は現在にも繋がっています。今でも子孫は毎年墓参りに富山を訪れるそうです。

・・・とここまでが分かりました。


後は何か見落としていないかと観察しましたが、最後に一つ気になった個所がありました。皿の一番上にある横向きの菊の花です。

次回はこの横向きの菊の花について考察します。


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